Be Indie


最近また、スケートショップを覗くことが増えた。といってもインラインのほうなので取り扱い店舗は限られる。
約20年前(!)当時、僕の日常着であったアイアンクロス。思わずステッカーを購入。インラインのウィールは店頭にはなく、結局アマゾンにて購入。Eコマースが主流となり、待つという行為がある意味、貴重になりつつある。
ここのところ「ボッチ」という言葉を見かけるようになった。「癒される」が使われ始めた時と同じような違和感。
ひとりぼっちを「ぼっち」と略すと同時にある意味自虐的に使用しているようだ。一般的な言葉となりつつある今は、ただ単に「自分だけ」といった「alone」に近い意味でも使用しているようだ。
botch.  そもそも、ひとりぼっちという言葉自体は「独り法師、坊主」が由来のようである。特定の団体に所属しない僧侶のことである。
今の時代でいうと、単にフリーランスということだろうか。所属している側からすると揶揄する意味も含んでいたかもしれない。
そういえば以前、「Lonely wolves:一匹狼達」というチーム名を見かけたことがあった。既に一匹ではなくなっているわけで、かなり秀逸な名称を考えるものである。
ぼっち。20年前と比べても、日常生活において一人でできることがかなり増えたことに気づく。僕の感覚でいうと、ある程度インフラが整っている場所であればiphoneとパスポートさえあれば生きていけるのである。国際電話もWIFIがあれば、ほぼFOCであるし、要件を伝えるだけであれば伝達手段は複数ある。いろいろな意味で情報を握っていた一部の人達から一般層に開かれてきたわけで、モノやコトのコストが低下してきた証拠だ。反面、我々ヒトの時間の価値はこれからも上がっていくはずである。この部分が労働対価とのズレになっている気がする。
ボッチ。なぜそんなに一人でいることを恐れるのだろうか。食事だって昼であろうが夜であろうが好きな場所で自分の時間に必要な内容の食事を摂れば良い。旅だって都合の良い時に好きな場所へいけば良い。自分の意思で決めることができるのである。かなり贅沢なことではないだろうか。一人でいることについて悩むのであれば、一人でできることを考えたほうがより生産的に時間を使うことができるのではないか。10年前と比べても、他人の時間を使用せずにできることはかなり増えているはずだ。自分でコストを負担してまで行うような趣味に近い行為であれば、さらに有効ではないだろうか。
生命保険や住宅ローンの広告のように一方的な内容、(この場合)一人である状態を煽るばかりでなく逆の意見があっても良いのではなかろうか。年齢が若ければ若いほど、人間関係における相互作用は大きいはず。この時期に自分の意思や思想について認識することも重要だと思うのだが。自己を認識できなければ、相手を尊重する事が難しいということを今になって実感するのである。

So Lonely/The Police 投稿者 gaimon5656

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